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津地方裁判所四日市支部 昭和59年(わ)276号 判決 1985年6月26日

主文

被告人を懲役一年四月に処する。

未決勾留日数中一五〇日を右の刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、(1)昭和四八年一二月八日桑名簡易裁判所において、窃盗罪により懲役一年二月に処せられ、昭和五〇年一月二三日右刑の執行を受け終り、(2)昭和五二年四月五日京都簡易裁判所において、窃盗罪により懲役一年二月に処せられ、昭和五三年五月五日右刑の執行を受け終り、(3)昭和五六年一二月一八日桑名簡易裁判所において、窃盗、住居侵入罪により懲役一年二月に処せられ、昭和五八年二月一四日右刑の執行を受け終ったものであるところ、更に常習として、

第一、昭和五九年八月二〇日午後五時三〇分ころ、三重県桑名市大字島田五九二番地の七平屋敷俊平方前路上において、同所に駐車中の普通貨物自動車内から丸大食品株式会社四日市営業所長堀内博管理にかかる領収書一冊ほか二点在中のショルダーバック一個(時価合計約三、〇〇〇円相当)を窃取し、

第二、同年一〇月一日午後九時三〇分ころ、同市参宮町五四番地小川久朝方前路上において、林ふみ子所有の現金約二、〇〇〇円及び札入一個ほか三点在中の黒色皮製ハンドバック一個(物品の時価合計約五、〇〇〇円相当)を窃取し

たものであるが、生来の精神薄弱に加えて単純性分裂病の疑いもあり、更に慢性酒精中毒の状態も加わったため、右各犯行当時、心神耗弱の状態にあったものである。

(証拠の標目)《省略》

(累犯前科)

判示(3)の前科がある。

(公訴事実の一部につき心神喪失を認めた理由)

検察官は、本件常習累犯窃盗を構成する窃盗行為の一として、被告人が「昭和五九年一〇月一二日午後七時五五分ころ、桑名市寿町二丁目三六番地近畿日本鉄道北勢線西桑名駅前待合所において、高岡頼代所有の現金二、九四三円及びがま口一個ほか一〇点在中の手提げ鞄一個(時価合計約三、八八〇円相当)を窃取した」ことをも公訴事実に掲げ、弁護人は、右窃盗の外形的事実は認めながらも、犯行当時、被告人は心神喪失の状態にあった旨主張する。

そこで検討するのに、高岡頼代作成の被害届、任意提出書及び被害確認てん末書、同人の司法警察員に対する各供述調書、赤沢幸雄の司法巡査に対する供述調書並びに司法警察員ら作成の緊急逮捕手続書によれば、前記窃盗の外形的事実は認められるものの、他面、前掲の後藤鑑定書及び後藤証人の当公判廷における供述によれば、被告人は、生来、知能指数IQ61と精神薄弱の域にあるのに加えて単純性分裂病の疑いも存し、更に飲酒嗜癖とときに出来する振顫譫妄のため、昭和五五年四月以降精神病院への入退院を繰り返し、慢性酒精中毒の状態にあったうえ、右犯行当時は、当日昼前から断続的に飲酒したことも加わって、挿間的な複雑酩酊に陥り、被害者高岡頼代の手提げ鞄(赤色)が傷ついた蟹に見えるという幻視のもとに、この蟹を海か川に逃がしてやるべく右手提げ鞄を奪取して走り出したことが窺えるから、右によれば、被告人が右犯行当時、是非善悪の弁識能力及びこれに従って行動する能力を欠いていたことは明白である。

この点検察官は、鞄が蟹に見えたという被告人の鑑定人に対する右幻視の供述は虚構の疑いがあると主張する。確かに、捜査段階において被告人が右幻視を供述したことの証跡は存しないものの、逆に、被告人が他から右幻視について示唆、暗示を受けたことの証跡もなく、とすると本来的に知能の低い被告人が右のような幻視の虚構を単独で思いつくかもともと疑問であるし、今回本件に限って被告人が幻視を主張して窃盗の罪責を免れねばならない動機も見出せず、被告人の右幻視の供述は、何よりも臨床精神医として経験豊かな後藤鑑定人の検証の関門を通過したわけであって、鑑定の際実施された飲酒テストにおいて、被告人に幻視、幻聴が現われたことに照らしても、十分措信するに足りる。

従って、被告人の前記窃盗の行為は刑法三九条一項によりその罪責を問えないわけであるが、検察官は右窃盗を常習累犯窃盗を構成する一つの行為として起訴したことが明らかであるので、主文中では無罪を宣しない。

(法令の適用)

罰条 盗犯等の防止及処分に関する法律三条(二条、刑法二三五条)。

累犯加重 刑法五六条一項、五七条、一四条。

心神耗弱による減軽 同法三九条二項、六八条三号。

酌量減軽 同法六六条、七一条、六八条三号。

未決勾留日数の算入 同法二一条。

訴訟費用 刑訴法一八一条一項但書により負担させない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 油田弘佑)

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